故事成語を考えてみた

程度の変わらないものについて「50歩100歩」と「目くそ鼻くそを笑う」を考えてみた。

50歩100歩

あまり変わらないということで「どんぐりの背比べ」みたいなものだ。実際にはどんぐりの背がどれくらいの幅があるのか、標準偏差はどれくらいかも気になるんだがそれは置いておいて。50歩と100歩では倍も違うんだが。
調べてみると孟子が「戦で五十歩逃げた兵が百歩逃げた兵を笑ったとしたらどうでしょうか」と言ったことによるらしく、どちらも逃げたことには違いないのだそうだ。でもね、1歩を80cmとして、50歩なら40m、100歩だと80mだ。弓矢の有効な射程距離を推測すると、40mくらいだと少々危なくて、80mくらいだとまずます大丈夫ということになりそう。50歩の方は逃げ遅れてる駄目な奴といえるかもしれん。

目くそ鼻くそを笑う

いやいや、目くそを鼻に入れても病気にはならんが、鼻くそを目に入れたら病気になる。鼻くその人権を考えると差別的に笑ってはならんかもしれんが、圧倒的な差があるのは確かだろう。
そもそも目くそは目ヤニのことだし、これは目から出てくる分泌物。対して鼻くそは息として吸い込んだ空気中のホコリ等をとらえたもの。実は目と鼻は繋がっていて、目の分泌物や涙が鼻に出てきてホコリをとらえる仕組みになっている。とすると、元々の出自は同じであって、別の仕事をした結果の差だと言えるから、それならなるほど大差は無いし笑ってはならないかもね。


どんぐりの背比べ

敵前逃亡しちゃう輩だとか糞と言われる連中だとか、どちらも碌でもないわけなので、元々の水準が低い者同士でどうのこうの言うなと。どんぐりについては小さな存在として揶揄されているのだけれど、やがては大きな木になる可能性を秘めているから同列に扱うのはかわいそうだ。

英語だと「the pot calling the kettle black」てことで「ナベがヤカンを黒いという」だそうだが、これについては全然わからない。

日本でポットと言うと魔法瓶だったりする。

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