下手くそ写真

下手くそな写真ってどんなものか。画像検索して見てみたら、まあ「くそ」が付くほどではないけれど総じてとても微妙。どうやら「へたくそ写真館」というようなサイトが沢山あるらしく、謙遜なのか免罪符のつもりなのか悪く言えば「だったら載せるな」ということにもなるな。だったら見るな、検索してまで見るな、と言い返されたらぐうの音も出ません。

じゃあどういうところが下手なのかをざっくりと挙げていこう。これらは自分で気を付けている点でもある。先に逆説を唱えておくが、伝えたいことが伝わるのであればセオリーなんか全部ぶっとばしても構わないということを覚えておいてほしい。

まずは水平がとれていない写真、これは駄目だ。風景写真にしても電車の写真にしても、傾いているものは決して良いものではなくつまり下手くそ写真だ。広角レンズだとパースペクティブ(遠近感)が強く発生するため特に垂直方向が傾いたり歪んだりしがちになる。これを味として利用する技術もあるだろうが、それはプロの技であって変に真似たところで良い写真にはなりっこない。広角でも望遠でも被写体がなんであろうと、まずは水平をきちんととるべき。もしずれたのなら、レタッチソフトで修正しよう。

理解できない写真、これも駄目だ。余計なものが写っているとか、必要なものが写っていないとか、そういう類。美しさを見せたいのならそこだけを切り取るべきだし、説明をしたいのなら必要十分な範囲を撮影すべきだ。写真を単体で表現するのか、テーマを持って表示するのか、説明文を添えて見せるのか、それによって異なってくることも言うまでもないが。とにかく見ても何だかわからないような写真は止めよう。

ボケやブレ、話にならない。一生に一度の決定的瞬間でどうしようもなかったというのなら仕方ないと言ってあげるが、それほど貴重でもないのにボケボケブレブレの写真を見せなくてもよろしい。諦めてしまいこんでおかないと、ああやっぱり下手くそなんだなあということになる。これは 写真を撮るときにボケたりブレたりするという技術の問題ではない。そういう写真を選んで掲載するという考え方が駄目なのだ。

今どきフィルムカメラを使っている人はほとんどいないだろう。撮影後現像するのに金と時間がかかるフィルムカメラに対して、何枚撮ろうと実質的に無料でその場で画像を確認できるデジタルカメラの利点は計り知れない。その分、粗製乱造というか、1枚1枚の写真をしっかり見ることをしなくなっているのかもしれない。カメラはそこそこまで勝手に取ってくれるんだから、構図と被写体をもっと考えるべきだと思う。少なくとも「写真館」と銘打ったサイトに載せるのであれば。

伝えたいことは何だ。私は写真が下手くそですと世界に知らしめたいのか。自分の日常生活での小さな発見だの、美味い物を食った喜びだの、そういうものを伝えたいんじゃないのか。だったらそういう伝えたい想いってものを意識しながら写真を撮ればいい。工夫しながらできるだけの枚数を撮って、その中から一番の写真を選べばいい。大していい写真が取れていなかったら諦めろ。

胸を熱くするのは技術なんかじゃないんだって、毒づいちゃあいるけど忘れはしない。

 

 

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